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第5章
2
「・・・ごめんなさい・・・」
僕は、驚く間さえなかった。
ふと、目の前を見ると、
沙雪は、そのクールな目元から、涙を頬に伝わせていた。
華奢な身体を小刻みに震わせて、
背中で懸命に嗚咽をこらえている。
「・・・」
どうやら、雲っていた空が雨粒を落としたようだ。
静かな店内へは、道路の雨粒をはじいて行く車の駆けて行く音がして、
わずかばかりに差し込んでいた日差しも、
擂りガラス越しからは、どんどんその明かりを失っていた。
「・・・どうしたんだ?」
僕は、言葉が浮かばなかった。
だから、本音とでも言おうか?
こんな安易な言葉がふいに口から出ていた。
なぜ、泣いているのか?
なぜ、あやまりの言葉を聞くことになったのか?
僕には、わからない。
沙雪は、僕のために懸命に探してくれたし・・・。
僕は、沙雪に感謝しているぐらいなのだから・・・。
「・・・」
僕は、少し何も言わないことにした。
かける言葉が一切浮かばなかったわけではない。
最初に出た言葉は、あまりにつたない言葉だったけれど・・・。
沙雪にかける言葉は、いくらでもあった。
それでも、僕は黙ることにした。
それは、今だけは、黙っていることが沙雪にやさしさをあげられる。
そんな気がしたからだ。
「・・・私。隼人さんに謝らないといけないことがあるんです・・・」
けれども、沙雪はすぐに言葉を口にした。
まだ、身体が小刻みに震えたまま、話し掛ける・・・。
彼女なりに、伝えたいことがあるのだろうと思った。
「・・・」
「・・・かえでさんのこと・・・嘘なんです・・・」
「!?」
沙雪は、あふれる涙をこらえるように、
少し唇をかみ締めている。
僕は、ハッとした気分で沙雪を見たが、
言葉は出ない。出てこない。
「・・・かえでさん・・・亡くなっているんです・・・」
「!?」
僕は、一瞬。驚いた。
言葉をなくしかけた。
「・・・ごめんなさい・・・」
何を言えばいいのだろうか・・・。
こんなとき、僕はどんな言葉をかければ良いのだろう?
怒っているか?と問われたら・・・?
怒ってはいない。
けれども、怒っていないか?と問われたら・・・?
怒っている。
そう答えてしまいそうなぐらいに・・・
心はどこか乱れていた。
僕は「かえで」という女の子がずっと好きだった。
たとえ、卒業しても。
どんなに離れても。
あの子の笑顔が好きだった。
でも。
いつのまにか、社会人になって・・・。
あんなに嫌いだった、スーツに身をまとって・・・。
頭を下げてばかりの日々。
忙しい忙しいとしている間に・・・。
そんな笑顔の記憶は薄れていった。
毎日の喧騒の中で・・・。
そうするうちに。
ふと、僕は目覚めるように思い出した。
「やりなおしたい過去はありませんか?」という、
沙雪の管理するサイトにあった言葉に。
確かにあった「過去」を再び、思い出した。
僕は、現状がツライとも思わなければ・・・。
正直、楽しいとも思わない。
この日々を何の気もなく過ごしているだけだったからかもしれない。
その言葉を目にしたとき。
ふと、吸い込まれるような感覚におちいった。
やがて・・・。
「過ぎたとき」を取り戻すように、
僕は「沙雪」という人物を通じて、
「かえで」にさえ、会うことが出来た。
僕は、言えなかった言葉を言えた。
自分でも、自己満足だと思う。
それでも、心のどこかで引っかかったままにいたことが、
スッキリとした。
けれど。。
最後には、現実が待っている。
それが、この「言葉」だというのだろうか?
夢はいつだって、終わる。
目覚めた瞬間。
夢を、見ることは出来ない。
ならば、いっそ夢なんて見なければ良いのに・・・。
夢の終わり。
それは、いつだって・・・はかないもの。
もろくて、今にも崩れそうなほどに・・・。
「・・・沙雪・・・」
僕は、少し冷静に考えてから、話し掛けることにした。
一瞬の感情で話したのでは、後悔する。
そんな気がしたからだ。
「・・・」
「僕は、沙雪のことを信頼していた。
こんなわずかの間で人って信頼していいのか?どうか?
そんなこと。わからない。
でも。沙雪のこと。信頼していた。
出会ったときになんとなく『この子は悪い人じゃない』って・・・
なんとなく、そう感じたから・・・」
坂を駆け上がる車が雨しぶきを切り裂くような音が聞こえる。
この喫茶店の入り口のガラスに雨が川のようになってたれている。
雨はだんだんと強くなっている。
「・・・だから、嘘をつかれた・・・のは、少し意外だったよ・・・」
店内の空調ダクトは、今日は働かなくて済んでいる。
ノイズの無いボリュームの低いジャズバラードナンバー。
そのピアノの音色だけが、やっと耳に届くぐらいで・・・。
あとは、車道からの音ばかりがするだけだ。
「・・・でも。だけど・・・」
「その嘘は、つかなくても良い嘘・・・だろう・・・?」
「・・・」
僕は、少しは、落ち着いた感のある沙雪の表情(かお)を見つめる。
頬に伝わせた涙の跡がみえる。
そう、まるで窓ガラスにつたわる雨粒のように・・・。
「・・・沙雪が嘘をついたのは・・・。
僕のことを考えてくれたからだろう・・・?
本当の事実(こと)を言ったら、
僕が悲しむって思ったから・・・。
だから、君は嘘をついた・・・」
「・・・」
沙雪は瞳(め)を伏せていた。
その視線の先で、両手の指先を交じらせている。
「そうだとしたら・・・。
僕は、怒るほどバカじゃないよ。
嘘をついた。んじゃなくて・・・。
嘘をついてくれたんだから・・・。僕を思いやって・・・」
「・・・隼人さん・・・」
沙雪は、瞳を僕に見せる。
そして、微笑みを見せる。
いかにも。少し、無理やりに見えるけれど・・・。
微笑みを僕にくれる。
次へ。
へ へ
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