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第3章
1
「あの・・・」
目を開けると、目の前には少女が立っている。
少女は普通に・・・。
ごく普通に「素」で僕を見つめる。
「あなたは・・・?」
少女は僕に問い掛ける。
「あなたの名前は・・・?」
少女は「ゆとり」だ。
どうみても「ゆとり」にしか見えない。
少し声が優しくなった気がして、
髪が伸びて肩先より少し長くなった。
けれど。顔を見ればわかる。
すこしだけ、頬が女の子らしく丸みを帯びても、
面影は残る。
「ゆとり・・・?」
覗き込むように僕を見つめる彼女に、
思わず、いつのまにか囁いている。
「ゆとり・・?ゆとり君って名前?」
女の子はもっと覗き込むかのように、前のめりの姿勢になる。
「俺じゃないよ。。お前が、ゆとりだろ・・・?」
彼女の顔は目の前に迫っている。
「え?わたし・・・。私はゆとりじゃないよ・・・。
ゆかり。瀬戸井ゆかり。だよ・・・」
「ゆかり・・・?ゆとり。じゃ無くて?」
周りは誰もいない。
朝の砂浜には2人きり。
他人が見たら、どう思うだろう?
砂浜に2人で横たわって、見つめあっている。
「うん。。。」
ゆかりと名乗った女の子は微笑む。
まるで、その微笑み方も「ゆとり」のようだ・・。
あの頃の「ゆとり」が少し大人びたよう・・・。
「それで。。あなたの名前は・・・?」
「俺?俺は・・かなめ。笹木かなめ・・」
「笹木かなめ。かなめ君。いい名前だね・・・」
「・・・」
白い波が寄せてはかえす・・・。
青と白のコントラストがキレイに混ざり合う。
波が砂を削って、また運んでくる。
潮風が頬を撫でるようにして通り過ぎていく。
「じゃぁ。アレ。かなめ君のだよね?」
ゆかりと名乗った女の子はカバンを指差す。
「あぁ。俺のだけど・・・」
「ダメだよ!いくら誰もこないからって・・・
放っぽって置いちゃダメ!大事なカバンなんでしょ?」
ゆとりに似た子が、僕の目の前に現れたと思ったら、
その子は、僕に覆い被さるようにして見つめている。
誰もいない海。
そこで「ゆかり」と名乗ったその少女に怒られている。
まだ、出会ったばかりなのに・・・。
なんだか、おかしくって笑いがこみ上がってくる。
「わかったよ。わかったから・・・ちょっと起きてくれないか?」
僕は軽く抱くようにして、ゆかりを起こす。 笑いが出そうなのをかみ締める。
「・・・でも。本当に危ないよ!気をつけないと!」
僕が笑いを堪えているのを知っているのだろうか?
目の前で僕の顔を見ていたのだから・・・。
わかっているとは思うのだけど・・・。
それでも。ゆかりは真剣に話し掛けている。
「あぁ。わかった。ありがとう・・・」
そんな、真顔のゆかりを見ていると笑いはなくなる。
真剣に案じているのが、わかったからだ。
「で?君は?ゆかりはここで何してるの?」
「えっ。わたし?」
「わたしは・・・散歩・・・この子を連れて・・・」
ゆかりの隣には、大きな犬がおとなしくお座りしている。
真っ白な毛色?
ゴールデンレトリバーに似ているが・・・。
何だろうか?雑種かもしれないけれど・・。
「名前は・・・?」
「陽太郎。って言うんだよ・・・」
「陽太郎?・・・珍しいっていうか・・・面白い名前だな。お前」
陽太郎は、おとなしく僕に頭を撫でられる。
なんだか、人生というか。犬生(犬の一生)を達観したように、
物静かに海を見ている。
2
僕とゆかり。それに陽太郎という名の犬は、海沿いを歩く。
お互い、特に時間に縛られることも無いし・・・。
彼女は犬の散歩で、僕も散歩するのも悪くないと思ったからだ。
「ねぇ?さっき『ゆとり?』って。私のこと尋ねたでしょ?」
「あぁ。」
「『ゆとり』っていう人。どんな人?」
「俺の幼なじみだった人なんだけど・・・」
「けど・・・?」
「けど。。もう居ないんだ。事故に遭って・・・」
海は穏やかに波を繰り返す。
繰り返された波はいつからいつまで繰り返されるのだろう?
波しぶきがあがる。
例年よりも暑い夏。
この海はいつから、ここにあるのだろうか。
今年よりも暑かった夏を知っているのだろうか?この海は・・。
さわやかな風が通り過ぎていく。
「・・・ねぇ。その『ゆとり』さんって言う子。私に似てるんだよね?」
「・・あぁ。とても・・・」
ゆかりはゆっくりと歩き、ゆっくりと話し掛ける。
僕の隣をゆっくり歩き、前を見たまま話し掛ける。
「・・・でね?その『ゆとり』さんのこと。好きだった?」
ゆかりは淡々と言葉を連ねていく。
波打ち際をゆかりのサンダルが足跡を残す。
ゆかりの足先は、波に触れて少し淡く桜色に染まっている。
「・・・一緒に居たときは・・・そうでもなかったかな。。
好きは好きだった。。けれど・・・。
っていうか。居るのが当たり前。って、思っていたし。。
そう言う感情では無かったかも知れない・・・」
「でも、最近思うんだ。
本当は昔から『好きだった』のかも・・・って」
お互い目を合わせないで、話を耳で聞いている。
歩いていく方向に視線を合わせたまま。
「・・・。そうなんだ・・・」
ゆかりは少しだけ視線をこちらに向ける。
澄んだ瞳。
風でなびいた髪がやさしい香りを届ける。
横顔が朝日に照られて、すっきりとした輪郭を浮かばせて、
頬の丸みだけをやさしく描く。
まるで「ゆとり」本人が隣に居るような気がした。
ゆとりもゆかりも、とても澄み切った視線で見つめる。
澄んだ視線が、僕はとても好きだ。
「ねぇ?そんな大きなカバンってことは。この辺の人じゃないよね?」
「あぁ。うん。実は今日は「ゆとり」の墓参りに来たんだ。。
初めて・・・。もう事故からだいぶ経ったのに・・・。
初めてなんだ。」
「・・・」
ゆかりには、さっき初めて出会ったような気がしない。
それは「ゆとり」に似ているからかも知れ無いし、
あっさりとした雰囲気で接してくるからかもしれない。
「ねぇ。もしも良かったら。。
私も一緒に「ゆとり」さんのお墓参りに行っていいかな?」
「いいけど・・・。別に。。」
「うん。わたしも一緒にいく。今日は夏休みだから・・。」
朝日に照られた海は輝かしく僕らを包む。
空の青さが僕らの心を透かす。
雲の往来が僕らに時間を諭す。
次へ。
へ へ
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