第4章
手渡された封筒は、開けられた形跡が一切ありません。
私は、急いで空けたい思いを押し込めて、ゆっくりと丁寧に開けます。
中には、淡い青色の便箋が入っています。
すっと、取り出すとその字に目を落とすことにしました。
なごみ へ
覚えているかな?
僕のことを好きだ。と言ってくれた日のこと。
僕は鮮明に覚えている。
僕は、君を好きだ。
あの時、君がくれた言葉より、以前から好きだった。
でも僕は、君に「好き」と言えるような人間じゃない。
言ってはいけない。そう思う。
だから、せめて、その訳を書こうと思う。
今から5年前の冬。
僕は「過ち」を犯したんだ。
5年前の冬。
僕は「かえで」という子と付き合っていた。
高校3年生だった。
いつも一緒に、下校したりしてた。
帰りにファーストフード食べて帰ったり、
そんな、どこにでもいる2人だった。
けれど、ある日。
たまたま「かえで」が委員会で遅くなるから、
と言って、僕1人だけ、先に帰った日だった。
今、思えば。
何で待ってあげなかったんだろうか?
そう思う。
いつもの様に一緒に帰るから待つ。
そう言ってあげれば、良かった。
「後の祭り」とは、本当に辛いものだ。
「かえで」は、その日、帰りが遅くなった。
「かえで」は、どれだけ寂しかったろうか?
「かえで」は、寒い道を1人歩いていた。
「かえで」は、そこで、そこで「暴漢」におそわれた。
僕は、何度か携帯電話に連絡しても、
返事がないことに心配したころには、もう遅かった。
駆け足で、あの田舎町を駆け回って、見つけたころには、
「かえで」は泣いていた。
「かえで」は、それでも僕を抱きしめてくれた。
何も出来なかった僕を責めたりはしなかった。
ふるえる背中で、震える身体で、僕を頼ってくれた。
なのに、何も出来なかった僕。
僕には、どうしようもない、やり場のない怒り。
そして、ふがいない自分への嫌悪感が残った。
僕は、なんとしても「かえで」を悲しませた男を探し出そうとした。
「かえで」は決して、男が誰だったか?言わなかった。
だけど、僕は必ず突き止める。
その思いが届いたのだろうか。
その後も「かえで」に、何かと「影」がついていることがわかった。
同級生の「男」だった。
僕は、すぐさま、その「男」を呼び出した。
「かえで」に手をだしたのは「お前」か? と、
すると、その「男」は、開き直ったように大笑いをして、
「だから?だから、どうした?」と、笑いつづけた。
僕には、一瞬のためらいも無かった。
僕の右手にあったナイフは「男」の左胸に突き刺さった。
何度もは刺さなかった。
思いっきり、突き刺した。
そして、その身で「警察」へ向かった。
その後。
僕は思った。
「本当の『後の祭り』は、これだった」のだと。
こんなことしても、
「かえで」は喜ばない、いや、彼女のことだ。
きっと、悲しんでくれるに違いないだろうと。
ならば、僕は彼女をまた悲しませてしまった、と。
でも、自分勝手かもしれないが、
「かえで」を悲しませた「男」は居なくなった。
僕を含めて、2人、目の前から居なくなった。
そう、思った。
けれど、そうではなかった。
僕は「施設」を出たあと、バイトをして、大学に行くことが出来た。
そうして「なごみ」と会うことが出来た。
本当に、普通の大学生のように過ごすことが出来た。
ある意味では、感謝して、
またある意味では、こんな日々を暮らしていいものか?
僕は、自問自答した。
過去にひとりの人をあやめた者が、
まるで、当たり前のような・・・。
普通の暮らしをしても良いのか?と・・・。
そんな、ある日。
「影」の存在がふたたび、僕の前に現れた。
「男」は、生きていた。
生きていた。
先週の月曜日だった。
「男」が僕の家にやってきた。
ちょうど、僕は大学の講習でいなかったから、
「男」は何もせず「書置き」を残していった。
「お前。覚えてるか?「かえで」を」
「かえで」を悲しませた「男」がその文字に滲んでいた。
僕は、とっさに嫌な予感がした。
このままでは「なごみ」にも、悲しい思いをさせる。
そんなことだけはしたくない、と。
だから、僕は君のそばからいなくなった。
そして、僕は「かえで」に会いに行った。
「かえで」には、あれから一度も会っていないから、
一度は、一度だけは会っておきたかった。
もしかしたら「かえで」にとっては、必要ない「人」だったとしても。
一言だけ、謝っておきたかったから。
「かえで」に会えた僕には、もう思い残すことはない。
「なごみ」
本当にごめん。
もう、人を悲しませたりしたくなかったけれど・・・。
ごめん。
そして、ありがとう。
僕は「なごみ」が大好きだった。
こんな僕のことを、ほんの一瞬でも好きでいてくれたこと。
僕は嬉しい。
君のことを守れなかったこと。
君の笑顔を抱きしめてあげられないこと。
許して欲しい。
君がそばに居てくれたこと。
それがどれだけ、僕に勇気をくれただろう。
君にはずっとずっと、微笑んでいて欲しい。
とても、わがままな願いだけど、
それが、それだけが、僕の望み。
「好きだ。なごみ」
「ありがとう」
次へ。
へ へ
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