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Sugarpot 書き下ろし


第1章

1

「ご本人には、まだ告げていませんが・・・」
「来斗(らいと)君の命は、あと1年ぐらい。。でしょう・・・」

僕の担当の医師は、両親に診療室を僕が出た後に話し掛けていた。
正直言って、この会話を耳にした時。
僕は「やっぱり」としか、思えなかった。

目の前が暗くなることも無かった。
そして、焦燥感なんてものは、もっと無かった。
不思議なくらいに平然としていたように思う。
この病気がみつかったのは、生まれてすぐだった。
そして、病院通いをつづけながらごまかしごまかし、
いわゆる「普通」の人と同じ生活をしてきた。

学校に通って。
寄り道をして・・・ハンバーガー食べて。
ちょっと、違うことといえば。。
激しい運動。スポーツをしなかったぐらいで・・・。

けれど。そんな当たり前の生活をしてきたことがたたったのか?
1年前の夜。
急に具合が悪くなった。

両親は近くの病院に連れて行ってくれたが、
そこではすぐにここの療養所を紹介された。
日本でも有数の施設。だから・・・。とのことだった。

その入院(入所)当夜に聞いた言葉。
「あと余命一年の宣告」
そんなこと、僕自身が一番知っていたかもしれない。

それは、入所後。
すぐに親戚一同。みなお見舞いにきてくれたりもしたし、
僕自身の身体の調子が一向に良化していかないこと。
何よりも、一番近くで見てくれる両親の顔つき。

これら全てを重ね合わせれば、結論としては。
「余命一年」
そのような答えを聞いていなくても。
鈍感な僕でさえ気付くというものだ。
もともと、生まれつきの重たい病気だと、知っているのだから。。。

けれど。今は。。
僕の命が、あの日から1年未満しかもたない。
と知って、残念なことがあった。


2

「ねぇ。来斗?」
少女は窓辺から見える海を眺めている。
窓はほんの少しだけ開いている。
風が病室を心地よく抜ける。

「うん・・・?」
「来斗はお父さん・お母さんがいっつも来てくれて良いよね?」

少女の名前は「なごみ」といった。
肩よりも少しだけ長い髪の毛がとてもサラサラと風にそよぐ。
ちょこんと腰掛けた白い椅子。
眼差しは海の波の「白」に向けられていた。

「・・・」
「私のお母さんね。もうずっと会いに来ないんだよ・・来てくれないの・・。」
なごみは、すこし悲しげな笑みを浮かべる。

「私ね。前にも言ったと思うんだけど・・・。
 ず〜と前からここに居るでしょ?
 だけど、この前に来てくれた時はず〜っと前。
 手紙は去年の冬にくれたんだけど・・・。
 会いにきてくれたのは、ずっと前なんだよ。5年も前・・・。
 でも。でもね。不思議だよね?
 いつかね。いつか。きっと来てくれる気がするの。
 あの日と同じ洋服着て。。」


なごみは、そこで初めて僕の顔に目を向けた。
透き通るような眼差し。
夕陽に照られた横顔。
スラッと伸びるシルエット。
僕は、なごみの顔を見つめた。

なごみは、僕がここに来てすぐ。
話し掛けてくれた女の子だった。

ここに居る子はどこか病気を患った人間しかいない。
それも「軽い」とはいえない人がほとんどだ。
だから、ここにいる人はみな元気はもちろんあるわけがない。
どちらかといえば、あまり話もしたがらない。
当たり前のことだとも思う。

だけど。なごみは僕が来たその日に話し掛けてきた。
その日のうちに。
名前は勿論。
同じ年だということ。3歳の頃からここにいることなど・・・。
いろんな話をしてくれた。
僕から何かを聞くことはほとんど無かった。
聞かれることはたまにあったけれど・・・。

「でもね。こんなに会っていないのにね。。
 私。どうしてだろうね?
 お母さんが着ていた洋服だけはね。
 覚えているの。今でも。。
 キレイな白いワンピース。とってもキレイな色の・・・。」


なごみは、また目線を海の波に向ける。
古くなった木の窓枠に両手をついて、
頬杖つきながら、波の行き来を眺めている。

もう空は、夕暮れから夜を迎える準備をしている。
一番星がうっすらと見えることだろう。

「なぁ。なごみはお母さんに会いたいのか・・・?」
僕は言葉をかけることにした。

「・・・」
なごみは一瞬僕のほうを振り返ったが、また波に戻す。

すこし、空気が流れる。
風が2人の間を流れる。
このすぐ傍にある海。
海から流れる風がやさしく吹く。

「・・・会いたいのかなぁ・・・。でも。どうかなぁ・・?
 お母さんは会いたくないんだよね?
 だって、何年も会いに来なくちゃったんだもの・・・
 だったら、お母さんが会いたくないのなら・・・
 私も会いたくないかなぁ・・・
 でも・・・。
 でも、やっぱり。。ね。私は会いたいかな・・・。」


「そうか・・・。それはさ。でも。。。
 会いたくないのか?どうか?なんてわからないよ。
 お母さんだって、会いたくたって会えないのかも知れない。
 忙しいのかも知れないだろう・・・?
 何か理由があってさ・・・」

僕は、なごみの背中に言葉を投げかける。

「・・・うん。そうだよね?そうかも知れないよね?
 何か、理由があるのかもしれないよね?」

なごみも背中越しにものを言う。

夕焼けの空から、少しずつ太陽が海に姿を消そうとしているようだ。
差し込む明かりがだんだんとそれを告げる。

「なぁ。なごみ?」

「うん。何?」

なごみは、白い椅子に腰掛けたまま上半身だけをひねるようにして、
こっちに振り返った。

「いや。なんでもない・・・」
僕は言いたいことがあったけれど、ためらった。
明日、起きたら。そうしてしまえばいいのだから。
かなり、身勝手かもしれないけれど・・・。

「なに?気になるよ・・・言って!ねぇ。。ねぇ?」

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