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第3章
なごみと僕は電車に久しぶりに乗った。
田舎町から出る、早朝の電車は人が少ない。
揺られる電車には、僕たち2人と数人のサラリーマンだけだ。
なごみのお母さんはこの街よりも都会に住んでいるらしかった。
特急電車で2時間ほどの街に住んでいると聞いた。
それは、ずっと前に聞いた話だ。
僕となごみは、やけに古びた電車。
その先頭車両の2人がけの席。
進行方向、前から3番目の席に2人並んで腰掛けた。
彼女を窓側にしてすわる。
「ねぇ?」
「うん?」
「なんだか、どっか遊びにいくみたいだね・・・」
「うん?そうか・・・。」
「うん。」
なごみは過ぎ行く景色を眺めながら、つぶやくようにして話す。
ガタガタと軋むような音を立てて田舎の列車は走る。
ブレーキをかけなくとも、カーブのたびに、切裂き声を車輪があげる。
空は青く青く。
こんなに広い空に浮かぶ白い雲。
真っ白い雲がとてもキレイに浮かぶ。
「遊びに行くみたいで、少しウキウキするよね?
ピクニックとか・・・。そんな感じ。
朝早いし・・・。ね?」
「そうかもな。。
この電車、鈍行だから結構時間かかるぞ。3時間近くは・・・。
眠かったら寝てていいからな。
ついたらおこしてあげるからさ。」
「うん。ありがとう。
でも。。色んなところ。見ていたいから。」
なごみは、僕の方を振り返って微笑み、そう言うと、
また、窓枠に手を乗せて少し開けた窓から、流れていく風景をみる。
どうっていうことのない景色。
流れる景色は、田んぼや畑。
とどまったままの車に家。
電信柱に、鉄塔。
どこにだってある車窓の眺めだ。
それをずっと眺めているなごみ。
僕は、そのなごみを見ていた。
風になびくしなやかな髪先。
風が届けるやさしい石鹸の香り。
しっかりとした眼差し。
透き通るような視線。
あの雲に負けないほどに白い肌。
笑うとふんわりとする頬。
繊細に映る横顔。
僕は、彼女を見つめていた。
そして、想った。
僕は、なごみに出会ったその時。
もしかしたら、初めて、「好きになるべき人」 に出会ったのかもしれないと・・。
今まで、その時まで僕は人を恋しいと感じたことは無かった。
女の子と仲良く話すことは学校生活で多くあって、
一緒に出かけたり、食事したり・・・。
本当に楽しかった。
でも「好き」と言う感情は無かったような気がする。
それは、僕自身が相手に踏み込もうとしなかった。
そのことに起因する部分もあったと思う。
学校に通ってはいたけれど。
病院にも通っていた自分を何処かで、他人とは違う。
そう考えていたし、
そんな自分を相手におしつけがましく、軽軽しく、
「好きです」などと想うこと自体。
僕は敬遠していたのかもしれない。
だから、療養所に来る。
そう決まったとき、確かにみんなと卒業できない悔しさはあったけれど、
それも仕方ないことだ。とすぐに割り切れた。
そんな気がする。
だけど、今。
なごみと一緒に「出かけている」こと。
これは、僕が誘った。
自分から、出かけようか?と、誘ったことなんて今まで一度も無かった。
そんな僕が誘いたかった。
なごみに対する気持ちは、正直わからない部分だってある。
同じ重たい病気をもつ人同士としての連帯感。あるいは、安心感。
好きなお母さんに会えないということに対する、
連れて行ってあげたい。そんな気持ち。
ずっと、療養所にいて外に出られない彼女を不憫に思うことからくる思い。
さまざまな「心」が入り交ざった。そんな想い。
けれど。。
僕はそんな想いではないものが、僕を突き動かしている。
そんな気がしている。
それが「好き」という想いなのかも知れない。
理由なんて、特に見つからない。
療養所にきて、一番に話し掛けてくれた「やさしさ」
照れたときの可愛い微笑み。キレイな横顔。
不安や悩みを見せまいとする健気な姿勢。
そんな彼女がくれた「勇気」や「元気」
それらが 「好き」 という感情を生んだのだとしても。。
理由なんていらないのかもしれない。
答えにならない気持ち。
「好きなものは好き」でいいのかもしれない。
髪をかきあげる、ふとした仕種。
時に見せるアンニュイな表情。
頬を染める微笑み。
みんな「好き」だ。
僕は、ふと思い出したようになごみを見る。
いつのまにか、やさしい寝息をたてている。
列車がゆれて、なごみは僕の肩によりかかるようになる。
なごみを肩にのせたまま、僕は視線を外の景色にやる。
流れる景色は早送りしたビデオのように後ろへ流れる。
空の青と木々の緑。
僕は思う。
こんな時間がずっと続いたら・・・。
僕にとっての幸せ。
それは、わがままかもしれない。
彼女にとっての幸せはカタチが違ったとしても、
今は、ずっとこうしていたい。
けれども、時間は進む。
列車がやがて、終着駅にたどり着くように・・・。
その時、僕は笑って君を見送りたい。
君が、ずっと笑っていられるように・・・。
そう、願いながら・・・。
次へ。
へ へ
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