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Sugarpot 書き下ろし
パズルのかけら

第2章



「実は、君に頼みたいことは・・・」
「もう一度。あの子に会ってみたいんだよ・・・」



僕は彼女。
沙雪の存在を知ったのは、とある友人から聞いた話だった。
「面白いサイトがあるんだ。よかったら見てみたらどうだ?」
そんな友人からのメールの話から、彼女を知った。

僕はその友人の話が、いつも興味深かったから。
その話題を聞いたときも、
当然のように、すぐさま「彼女」のサイト。
「Appointed time」という名のサイトにアクセスした。

「Appointed time」は、
いわゆる大手の「検索エンジン」には、ひっかからないように、
ロボット検索拒否も施されているし、
まったくもって、キーワード等の設定もされていない。
僕の友人がこのサイトを知ったきっかけがどのようなものだったか?
それは、知らなかったが・・・。
ネットサーフィンをしていても、簡単には見つけられないような気がした。

「Appointed time」
約束のとき。
薄く描かれた古びたアナログ腕時計。
その端正な顔立ちをしたアナログの腕時計が、うっすらと浮かぶサイトデザイン。
配置される文字のフォント。
訪問者を導くボタン類の「セピアな配色」

どれもが、興味深かったが・・・
何よりも・・・
彼女の考えること。
いや、彼女という人物に興味を覚えた。
それは・・・サイトの自己紹介からだった。

この「Appointed time」というサイトは「過去と未来を結ぶサイト」
というふれこみで、サイトの紹介は、こう続けられていた・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あなたにとって、過去は何ですか?
あなたの過去に、やり残したこと。
やりなおしたい過去はありませんか?

私は、その「お手伝い」をします。

あなたが過去に戻ってみたいなら・・・。
こちらまで、メールにてお問い合わせください。

「ご依頼におこたえ出来たとき」だけ。
報酬を頂きます。
金額は、ご依頼に応じて原則として、
「1日につき2万円」です。

ご依頼の内容をお書きのうえ、
こちらまでメールを下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕は、少し いぶかしがりながらも・・・
このサイトを公開しているという「彼女」のことが気になった。

この子は、あっけらかんと・・・
過去をやり直す「手伝い」をするという・・・。
どういうつもりなのだろうか?
探偵のような職業なのだろうか?

いわゆる。新手の商法とか・・・。
新興宗教の勧誘だろうか?
一瞬、そうとも思ったが・・・。
なぜだろうか?このサイトからはそんな匂いがしなかった。

それは、そのサイトのデザインからだろうか?
それとも、その話し掛ける口調だろうか・・・?
胡散臭いと思わせない何かが働いていたのだろう。と思う。


「やり直したい過去」

誰にでも過去に悔やむことはあるのだろうか?

僕は・・・
僕には・・・。
ふと過去を思い浮かべたとき。
なぜ、あの時・・・。
なんで、あの時・・・と。悔やむことばかりだった。

それの大概は、
「やり直せるとしても・・・やり直すことはしないでも良い」
そんな気がしていたが・・・。
このサイトに出遭って・・・。
思い浮かべてみたら・・・。

たったひとつだけ。。
そう、たった一度だけは。
「やり直したい過去」があった。。

だから、こうして今日。
沙雪と出会ったことになった。
そう、過去を取り戻したくて・・・




「もう一度会いたい子がいるんだ」

「Feelという名の喫茶店。
静かな空気感。
店内にうっすらと流れているジャズの音は限りなく小さく。
空調のモーター音まで耳に届く。

僕は沙雪の瞳を見つめて話を続ける。

「高校生の頃、クラスメイトだった女の子に会いたいんだ」
「・・・」
沙雪は黙ったままで、僕の話を聞いている。

擂りガラスをすり抜けるようにして、
こもれた日差しが入り口に差し込んでいる。

「その子は、僕の初恋の子・・・だった・・・」
「中学校までは「好き」っていう感情が安物っていうのかな?
 あ。あの子もいいなぁ〜。あ。この子もいいな。って・・・
 そんな感じで・・・。本当の『恋』じゃなかった気がするんだ。」


僕は、そこで少し言葉を区切って、
これから沙雪に話そうとすることを頭脳(あたま)で整理してから、
ゆっくりと「依頼する過去」を話したいと考えた。

店内の空調で、目の前にある「お冷や」の入ったガラスのコップは、
水滴を纏っている。
それに一口、口付けてから、再び話し掛ける。

「その子は『かえで』という名の子だった。
 高校に入ったとき、彼女に出会って、
 それからは、卒業までずっとクラスメイトで・・・。
 彼女はブラスバンド部に入っていた・・・。
 僕が陸上部で帰る頃まで、練習している音が校舎に響いていたのを覚えてる」

「でも、僕はその子と、まともに会話も出来なかった・・・
 その頃の僕は、シャイというよりも、硬派だったのかもしれない。。
 いや、硬派を演じていたんだと思う。。
 陸上部でマラソンをしている僕にとって、
 女の子を想うなんて、ストイックな気持ちが足りない証拠だ。
 そんな風に考えるようにしていたような・・・。
 そう、言い聞かせていた気がする」


沙雪は、少し紅茶に口付け、僕の目は見ない。
けれど、僕の話を聞いているようだ。
仕種やそぶりで、わかるものだ。

「結局、3年間ずっと一緒のクラスだったのに、
 『かえで』というその子とは、何にも話すこともできなかった。
 僕には彼女が高嶺の花だったから。勇気もなかったし。。
 何も思い出も何もなく、卒業して。。。
 それからは一度も会っていないんだ。。」


沙雪に話す言葉は、自分でも何を言っているのか?
半分ぐらいはわからない。
ニュアンスは違う形で伝わっているかもしれない。

そんな思いからか?
それとも。単なる効き過ぎている空調のせいか?
額から汗がじわじわと湧き出てくるような、
そういう感覚になる。

「でも。でも。今なら・・・。
 今の僕なら、勇気をもって『かえで』に言える気がするんだ。
 大事な思いを伝えられる気がするんだ」

「だから・・・。
 『かえで』に会わせてくれないか?
 会って、あの日言えなかった思いを言いたいんだ。。」


室内のブルーズジャズが空気になじむ。
僕の言葉が、この「Feel」という名の喫茶店の店内になじむ。
沙雪は、紅茶に注いでいた視線を僕の方へゆっくりと向ける。




「・・・わかりました」
「『かえで』さんに会いたいのですね」

沙雪は、じっと僕の目をそのクールな瞳で見つめる。

「・・・」
僕は黙ってうなずく。
言葉を発するのをためらった。
何か言葉を言うのは、この場にはあわない気がしたからだ。
言葉を言うことで、安っぽく・・・なる。
そんな気持ちが一番近い感情だろうか?

「それでは、来週のこの時間にまたお会いする・・・。
 それで、よろしいですか?
 準備などさせていただきますので・・・」

「あぁ・・・うん・・・」

「それと、少しだけ立ち入った話を今お伺いしてもよろしいですか?
 『隼人さん』と『かえで』さんの個人的なことなど。。
 『かえで』さんのことを調べるのに、必要ですので・・・」

「あぁ、わかった・・・」

沙雪は淡々と話す。
彼女はこのような探偵業を生業としていてなれているのだろうか?
すんなりとした切り口で話を進めていく。

話し声もあまり立たないような店内。
いや、正確に言えばこの店の たたずまい がそのようにしているのだろう。
みな、この店では小声でお互いの話をしている。
もちろん。僕と沙雪もその例に漏れない。
僕は、沙雪に「僕のプロフィール」や、
「かえで」について知っている情報を沙雪に小声で話した。

沙雪はじつに上手に話を聞き出す。
僕が触れられたくなさそうな話題には、あんまり深く突っ込まない。
それでいて、核心部分には鋭く迫る。
そんな風に感じた。

実際には、僕が隠すような事は無い。
聞かれたくないようなこともない。
だけれど、あんまり気が乗らない話題もある。
その辺をうまく、沙雪は尋ねてくる。

そして、その情報はテキスト形式にして、
手持ちのノートPCに、その場で手際よく打ち込む。
ブラインドタッチも手馴れたようだった。


「・・・ありがとうございました。
 それでは、これで終わりにします。
 また、来週。
 同じ時間、同じ場所に待ち合わせたいと思います」


結構な長い時間、僕は沙雪の流れるような質問に答えた。
最後の質問が終わると、
沙雪はクールな目元で僕を見つめて、
氷の溶けきった「ガラスのコップ」に手を伸ばした。

「あの。。あの、それで君は『かえで』を探してくれるのか?」
「えぇ。はい。『かえで』さんを探してみます」

沙雪の声は変わらない。
話すペースも変わらなければ。
テンションも変わらない。
そして、その声は、なぜだか僕を落ち着かせる。

「そう。。じゃ、お願いするよ」

次へ。

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