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第4章
1
「・・・?」
僕は、思わず、沙雪の顔を見上げた。
沙雪の言う「私じゃダメですか・・・?」という、
言葉の真意がわからなかったからだ。
「・・・その・・・」
沙雪は、一呼吸おいてからゆっくりと言葉を紡ぐようにして話を続ける。
「・・・私は、かえでさんのことを調べてみて・・・
かえでさんのことを少しかもしれないですが、わかりましたし・・・。
もしも、もしも。隼人さんが『宜しい』というなら・・・
私が『かえで』さんを演じて・・・。
いや、かえでさんになって・・・その・・・」
沙雪は、クールな声だ。
それに変わりは無かった。
けれど、歯切れというのか、口調は少し変わった気がした。
それが、どういった気持ち・考えが、そうさせているのか?
そこまでは、僕には読み取れない。
春が近づいたこの街の坂にある喫茶店。
その喫茶店に、やさしい日差しが擂りガラス越し、
木漏れ日のように差し込み、足元だけを照らす。
それが、店内の小さなボリュームのジャズと違和感無く馴染む。
僕は、テーブルのお冷の入った汗をかいたグラスを握って、
一口口付けると、その片手にグラスを握ったまま、
静かに話し掛けることにした・・・。
「・・・僕は、かえでに会いたいと言った・・・」
「それは・・・あの日、想っていたこと・・・
『かえで』に伝えられなかったことを・・・
今なら・・・『かえで』に伝えられる。
そう思って、君に『かえでに会わせて欲しい』と頼んだ・・・」
沙雪は、ぎゅっと口元をしめたままで、
視線をテーブルに落として、耳を傾けている。
「だけど、それは・・・僕の甘い幻想だったのかも知れない・・・。
『かえで』は、僕の片思いの子だったんであって・・・
特定の子(彼女)でもなかったし・・・。
『かえで』は、僕のことをどう思っていたか?もわからなければ、
もしかしたら、僕のことなど、記憶に無いかもしれない・・・」
「だから・・・どこかでホッとしている部分もあるんだ・・・
正直言って・・・こういったようになって・・・」
僕は、そこまで言うと少し視線を天井に向ける。
剥き出しの空調のダクトが見える。
それから、ゆっくりと視線を下方にずらしていくと、
うつむきかげんの沙雪を表情をとらえる。
「だから・・・もう、いいんだ。君はよくやってくれたよ・・・」
「・・・」
テーブルの距離しか離れていない2人。
その互いの間に流れる空気。
先ほどまでの空気感というのか・・・。
その流れている空気がまるで2人の会話を聞いているように、
すぅーっと、重たく漂うように思える。
が、やがて・・・
その空気をスッと裂くように、
一つの言葉を沙雪は切り出した。
「・・・私。よくやってなんていないです!」
「・・・!?」
「隼人さんはそれで良いんですか?
私に頼んでまで、かえでさんに会いたかったんですよね?
それなのに、こんな風に終わってしまっても良いんですか?」
「私では、かえでさんの代わりになれない。
私自身もそう思います・・・。
それでも、私が『かえで』さんの代わりになろう・・・。なってみたい・・・。
そう、考えたのは・・・
隼人さんに『かえで』さんと会わせることが出来なかったからです」
「・・・」
「だって、伝えたかった言葉があったんですよね?
確かに、私に言っても仕方ないかも知れないけれど・・・
本当の『かえで』さんに会えたら、その気持ちを伝えたんですよね?
それなら、そんな簡単に『よくやった』なんて言わないで下さい」
「・・・」
「気を使って下さって『よくやった』って言ってくれたのは、わかります。
でも。そんなふうに終わって欲しくないんです。
だから、もう一度考えてくれませんか?
私では『かえで』さんの代わりであって『かえで』さんではないけれど・・・
私を『かえで』さんと思って、
『思い出』を思い出のままに終わらせないで下さい。」
沙雪は僕の目を見ている。
とても澄んだ瞳だ。
そのしっかりと僕をとらえる瞳は、強くもあり、はかなげにも見える。
僕はその瞳を数秒間じっと見てから、
まっすぐに見てから・・・
天井を見上げるように視点を変えた。
なぜだか、沙雪の瞳を見ているのがつらくさえ思えたからだ。
一心に一点を見つめて・・・
僕自身を落ち着かせて、良く考えてみる。
沙雪の語った言葉。
僕の想い。
思い出のかえで。
今の2人・・・。
僕は、頭を整理するように考えてみる。
そうして、どれくらい時間が経ったのだろうか・・・。
僕は結論を出す。
「・・・わかった。そうだな・・・君がそう言ってくれたんなら・・・
君が『かえで』になってくれるなら・・・
あの時の想いを伝えるよ・・・」
僕は、そう、沙雪に告げた。
店内にかかっている壁掛け時計は、2時を指していた。
次へ。
へ へ
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