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Sugarpot 書き下ろし
風のある風景

第3章

5

僕らは映画を見終えると駅近くの小さな喫茶店で話した。
今見たばかりの映画のことが大半を占めたが、
他愛の無い話を僕が聞くことで時間がすぎた。

日差しが傾いてきた、6時ごろ。
僕らは喫茶店を出て、駅前から歩いて10分ほどの場所にある公園に向かった。
公園は夕陽に照られた木々が輝かしく見せた。
陽気が良い日に吹く風は、多少強くてもうっとうしくなく、歓迎される。
東の空にはうっすらと星が覗いた。


「日が延びたね?」

ゆりこはにっこりと笑顔をつくった。
左手には大きめのクリーム色がかった白いバッグ。
右手には (何時の間に買ったのだろうか?) 映画のパンフレットを持っていた。

「将紀くんはこの街好き?」
「・・・そうだなぁ・・・まぁ、嫌いじゃないかな・・・。」
「・・・私はこの街が大好きだよ」

僕は黙って頷いた。
下は足の幅より少し大きめの石が続く。
歩幅にあわせて石畳を並べた小道は、ずっと池の周りまで続く。

「ねぇ・・?」
「ぅん?」
「・・・わたし、すごく楽しかったよ・・・初めて、将紀くんと遊んだね・・・」
「・・・そうだな・・・」

「うん。・・・今度はいつかなぁ・・・」
ゆりこははにかむように僕の顔を見ずにつぶやく。

「そうだなぁ・・・。まぁ。今度はゲーセン行こう!」
「うん。そうだね」

夕陽が傾く。
人工的に溜められた池の水が、日の光を乱反射する。
散りばった日差しがゆりこの横顔を照らす。
噴水がだんだんと近くに見えてくる。


「ねぇ。あの建物。今度、亜季がコンクールするんだって・・・」
ゆりこが指差す向こうにはホールがある。
噴水の向こう側だ。

「あぁ。そうだったな。よく、みんなが集まっていろんな催しをするところだもんな・・・」
「そうだよ・・・ね。大きい建物だよね・・・」
「そうだな。でも、今はあまり使ってないよなぁ・・・。新しいのが他にあるから・・・」
「古そうだもんね・・・」

ゆりこは僕の隣をくっつきすぎずに適当な間隔でそばを歩く。
そよかぜよりも少し強めの風が吹くたびに、髪の香りが届くぐらいだ。


二人は噴水のところにたどり着くと、
キレイな場所を探して噴水のふちに腰掛ける。
噴水の近くにはベンチが無い。
水のせいで、汚れたり、腐ったり、カビたりするからだろう。


「・・・覚えている?・・・わけないよな・・・」

僕は少し声色を変えた。
多少、意識して変えていた。

「・・・何を?」

ゆりこは、顔を見合わせるように見る。

「昔・・・さ。昔って言っても、5年前ぐらいだけど・・・」

「・・・」
ゆりこは勘がいいからわかったのだろう。
すこし顔をそむけるようにして、夕暮れにむける。

「オレのオヤジが死んだのが・・・あのホールだった。コミュニティホール・・・」
「だから、あれ以来。それ以来。この公園にさえ来なかった・・・」
「でも、なんでかな?今日は来てみたかった・・・」


「・・・」
ゆりこは口をキュッと結んでいた。
よく僕の話を聞いてくれていた。

「・・・ゆりこは覚えてないと思うけど・・・」
「その。オヤジがいなくなってから、初めて学校に行った日のこと・・・」
「『できることがあったら言って・・・。家も近いから・・・』って・・・」
「そう、話し掛けてくれたんだ・・・。」

僕はゆりこの顔を見ずに話を続けた。

噴水の水はしぶきを上げる。
夕陽に照られて・・・。
七色に輝きながら・・・。

「嬉しかったのか?ありがたかったのか?」
「どういう気持ちだったか・・・それは今でもわからない・・・。」
「でも、そう言ってくれたときのゆりこは一生懸命に話し掛けてくれたのはわかった・・・」
「言葉を選んで・・・。オレの方を見て・・・」


ゆりこは黙って聞いていた。
口元をキュッと結びつづけたまま・・・。
ゆっくりと・・・一言一言に耳を傾けてくれていた・・・。

すこしの時間が流れていく・・・。
風の声が聞こえそうな・・・。
そんな静寂の時間・・・。

そして・・・。
まるで、あの時のように・・・。
やがて、ゆりこは話し掛ける。言葉を選ぶように・・・。


「・・・。覚えてるよ・・・」
「わたし。将紀(まさき)くんに何て言ったか?までは覚えてなかったけど・・・」


「そうか・・・」

辺りは少しずつ夜がやってくる。
夕暮れはいつしか夜をつれてくる。
あんなに暑かった空気を冷まして・・・。
まるで、星の瞬きが熱を奪うように・・・。

「だから・・・。っていうわけじゃないけど。ゆりこが困ったときとかあったら・・・」
「素直に、なんか出来ることがあったら、言って欲しい」


「・・・」
ゆりこは少し穏やかな表情を作った。
横顔が夕陽に照られている。

「でも、今日は。別にゆりこの為とかじゃなくて。オレが遊びたかったからで・・・」
「別にその・・・同情とかいう感情で誘ったんじゃない・・・」
「ただ単に・・・遊びたいから誘っただけ・・・だ」


僕は今日、ゆりこに電話して誘ったときからずっと気にはしていた。
「入院する」って聞いたから急に遊ぼう!って誘ったことが、
逆に「ゆりこ」に同情しているようで。なんか嫌だったから。
確かに「入院」することも無関係でない気はしたが・・・。

「うん・・・わかってる・・・」

ゆりこはもっと穏やかな笑顔をみせた。
もしかしたなら、彼女は僕に気を使わせないように微笑んだのかもしれない。

「・・・。なぁ?亜季は知ってるのか?入院するって言うこと・・・」
「うん。昨日の夜・・・。電話したから・・・」
「・・・そうか」

「一緒に・・・。将紀くんと一緒にお見舞いに行くから・・・って言ってくれたよ」
ゆりこは僕の顔をまっすぐに見つめる。
不安な気持ちを見せないように努めているような気がする。
すこしだけ、笑顔がぎこちない。

「・・・そうだな、必ず行くよ。どうせ暇だし・・・な?」
僕は微笑を返した。
少しで良い。ほんの少しでも、ゆりこの不安が軽くなるなら・・・。
亜季だって、僕だって。お見舞いに行く。
そう、思う。

6


2人はゆっくり公園を歩いて、家路に着いた。
沈む太陽の景色。
公園の木々を抜けていく風。
ゆりこの笑う声。
ゆりこの笑い声が僕の気持ちを優しくさせる。

ゆりこの家の近所まで見送ってから帰る。
ゆりこは「ありがとう」と何度も言った。
お互いが見えなくなるまで、ゆりこは手を振っていた。


家に帰ると、僕は自室にそのまま寝転がった。
電気もつけない。
時間が流れていく。
何も生産されない時間が流れていく。

こうした時間。
ぼ〜としている時間。
僕は嫌いじゃない。

何もしていないことで、頭脳は何かを考える。
過去にあったこと。
明日のこと。
未来のこと。
そして、今日あったこと・・・。

ゆりこは「ありがとう」と言った。何度も何度も・・・。

僕はその言葉をいったい何回、口にしたことがあるだろうか?
ほとんど、思い当たらない。
「ありがとう」と思っても、口にして言ったことは少ない。
それが性格と言えば、それまでのことだ。


僕はいつのまにか、うとうと寝ていた。

                 
                    
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