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第5章
1
晴れている。
昨日までの雨が全ての雲を連れて行ったようだ。
雲ひとつ無い。
窓に差し込むあかりは、あたらしい日を演出するのに一役買っている。
今日は土曜日。
週一度の登校日だ。
今週は選択科目で「工学」の「授業」。
もう、ゆりこと映画を見た日から約2週間fがたった。
そして彼女は話した通り、今は学校に通っていない。
入院をしている。
背伸びをして制服を身に纏うと、朝ご飯を食べて家を出る。
「いってきます」
僕は奥のキッチンの母親に一声かけて、
玄関のドアを開けると日差しが照っている。
と同時に・・・。
「いってきま〜す!」
と、元気いっぱいの高い声がした。
声の主がすぐにわかる。
「あっ。おはよう御座います!」
彼女の名は、芥川のぞみ。ご近所さんの芥川さん家の1人娘。
彼女と僕は中学校までは一緒だった。
高校は違う。彼女は「駅7つ」先の学校まで通う。
僕よりも1歳下の高校1年生。
学校が違えば当たり前だが制服も違う。
彼女の高校はセーラー服だ。
赤いリボンが胸元で結ばれている。
セーラー服が幼く見せるわけではないのだろうが・・・。
中学生に間違われてもおかしくは無い。
髪はおかっぱというと少し違う気もするが・・・。
そんなようなあたまだ。
今までもこれからも、ずっとこんな髪型をしている気がする。
屈託の無い。
そんな言葉は、彼女のためにあるのかもしれない。
笑顔に少女の面影を残したまま大人になってきた。
それほど、彼女の笑顔は純粋に見える。
今日も元気いっぱいのようだ。
「おはよう」
僕が手を軽く挙げると、のぞみは軽く会釈を返す。
「いつも、この時間ですか?」
「あぁ・・・。だいたい。そうだなぁ・・・」
「そうですかぁ。私。今日はいつもよりちょっとだけ早いんですよぉ」
「じゃ、いつもはこの時間よりも遅いのに、間に合う?」
「・・・う〜ん。50%くらいは・・・」
「・・・」
のぞみは普通に話す。
「悪びれる」という言葉(たんご)を知っているだろうか?
遅刻など当たり前。ということなのだろう。
50%も間に合えば充分だ。ということか?
「そういえば、最近会いませんね?」
「ぅん?そうだっけ?」
「はい。ちょっと前には良く会ったのに・・・」
「そうだった?」
「うん。ほら、駅前のゲーセンで・・・」
といって、目の前の女の子は「スティックを操る」ようなそぶりを見せる。
そのそぶりも、「年季の入った」仕種だ。
ふと、僕は頬が緩む。
女の子でこんなに「様になっている子」はなかなかいるものじゃない。
そう、のぞみはゲームセンターが好きな女の子だ。
ぬいぐるみ・キーホルダーなどを取るタイプの景品キャッチャーものに限らず、
プリクラは当たり前、パズルに。格闘に。果てはレースゲームにまで手を出す。
特にパズルゲームだけは特筆ものだ。
が、僕の対戦相手としては・・・パズルゲーム以外はたいしたこと無い。
僕はこれでも「ゲーム」は上手い!
自慢にもなんにもならんが・・・。
たまにゲーセンでバッタリ会うと、最低でも一勝負は受けるがほぼ負けない。
「そういやそうだなぁ・・・。最近行ってないからな・・・って言っても2週間くらいだけど・・・」
「2週間も?それじゃダメですよ。腕がなまりますよ!」
「・・・」
なまっても別にたいしたことはないと思う。
「今度はいつ行きますか?」
「う〜ん。どうかなぁ・・・。そのうち行くとは思うけど・・・」
「そうですか?じゃ。私はいつもいますから、今度対戦しましょう!」
「新しい格ゲーが新登場したんですよぉ。」
「・・・へぇ。そんじゃ、近いうち行くよ・・・」
のぞみはいつも以上にテンションが高いようだ。
新しい「格ゲー」が新登場って。
新しいと「新」は同意語だ。2度も使ってはいけないのだが・・・。
空は高い。
青い色が淡い。
夏がくる。
「いい天気ですね?」
「あぁ・・・そうだね・・・」
僕がすこし空を見ていると、のぞみは気をきかせたようだ。
そうしていると・・・。
「いやぁ。お二人さん!」と、
中年男性らしき大きな声が後方から急に聞こえた。
すこし、驚きつつ・・・。
振り返ると作務衣を来た人がこちらへ歩いてくる。
「おとうさん!」
そう、この人がのぞみのお父さんである「芥川京輔」氏だ。
日本国内に限らず、世界的にも名だたる陶芸家らしい。(ということを母から聞いた)
何度か、茶碗などの作品を見たことがあるが・・・。
僕にはその「すばらしさ」がわからない。
確かに「品」はあるように思うのだが、
そこらへんのいかがわしい「骨董屋」さんにあったら・・・。
それはそれでおかしくないような・・・?
それだけ、僕が「見る目がない証拠」なのだろう・・・。
値段はあってないようなものだそうだ。
僕が思う「芥川京輔」氏の印象っていうならば・・・。
いつでも、作務衣を着ている人。
いかにも、陶芸家っぽい格好の人。
ご近所さんの良いおとうさん。
としか、浮かばない・・・。
「おはようございます」
僕は、のぞみの父である「芥川氏」に挨拶を交わした。
「あぁ。おはよう・・・」
口ひげというか?あごひげというか?頬の辺りからも伸びた髭をさすってまま、
僕の顔をみながら、顔はひじょうに穏やかな笑みをたたえている。
「めずらしいなぁ。のぞみと将紀くんが一緒に登校なんて・・・」
「うん。今ここでバッタリあって・・・」
「そうか。」
のぞみはお父さんと仲が良い。良く一緒に歩いているシーンを見かける。
買い物にいったり、時にはゲーセンでも見かける。
「女の子とそのお父さんのカップル」がゲーセンにいるというのは、珍しいものだが、
とても、その光景はほほえましい。
「どうしたの?どっかでかけるの?」
「あぁ。いや。ちょっとごみ捨てだよ。ほら頼まれてな・・・」
少し「ばつが悪い」というような顔をわざとつくって、右手のごみ袋を掲げる。
きっと、のぞみのお母さんに頼まれたのだろう。
「あっ。そうなんだぁ?」
「じゃぁな。ごみ捨ての車が来てしまうからな・・・」
というと、ごみ捨て場のある反対方向へ向かう。
その前に・・・。
「それじゃ。今後とものぞみを宜しく。将紀君」
と2人に言い残していった。
「失礼します」
「うん。じゃあね〜」
のぞみが大きく手を振ると、芥川京輔氏は控えめに手を振っていた。
「良いお父さんだよね?」
「えっ?そうですか?うん。私にとっては良いお父さんですけど・・・」
「そうだろうね・・・」
僕らは途中まで一緒に歩いた。
会話はずっとゲームのこと。
TVゲームの話ばかりだった。
「じゃ、気をつけて!」
「はい!」
のぞみはゆっくりと手を振ると、ゆっくりと駅への道をゆく。
マイペースという言葉は彼女の為にあるのかもしれない。
2
学校に着くと、僕が最初の登校者だった。
誰もいない校舎を歩く。
キレイに磨かれた床。
あまり、見てはもらえぬ掲示板のポスターは、薬物撲滅を訴えている。
夏のにおいがする季節になった。
教室は湿気があった。
湿気のこもったにおいがかすかに感じ取れたから、
窓を全開にする。
僕は窓際に近い、自分の席に座った。
風が両サイドにしばったカーテンのはしをゆらす。
「ばたばた」という音が風を、かたち作る。
僕はゆりこの席を見た。
ゆりこと日曜日に会ってから2週間が経とうとしていた。
彼女は先週から入院した。
それとともに「授業」も休んでいる。
ネットを使った「ネット授業」とはいえ、病院・病床ではうけられない。
なぜなら、「ネット授業」にはそれ専用の端末からしか、出席できないからだ。
つまり、学生の自宅からしか、うけられない。
それはネットへ繋ぐ回線の問題と端末機自身。ハード的な問題によるものだ。
だから、ネット上で映し出す映像でさえも、ゆりこの顔は見ていない。
僕は窓の外をぼんやり眺めていた。
ゆっくりと商店街の方へ向かっているおじいさんがいる。
朝の散歩といったところだろうか・・?
そんな、朝の一場面を校舎から眺めていると・・・。
不意に、
「ガラガラ・・・」と扉が開く音がする。
少し驚きつつ教室後方のドアへ視線を向けると・・・。
「おはよう」
亜季がいた。
窓からドアまで吹き抜ける風に制服をなびかせている。
「おはよう。早いな?今日は・・・」
「うん。まぁ・・・そうね。いつもより2本も早い電車に乗ったから・・・」
亜季は電車を乗り継いで来ている。
ゆりこが言っていたが、亜季の家から学校までは1時間以上もあると言っていた。
やはり、学校の絶対数が少ないから、どうしても遠くから通わねばならない生徒もいる。
週に一度の登校だから・・・。という理由は理由になるのだろうか?
もうすこし、学校の数が多くていいような気もする。
「星野君。この前のコンクールありがとう」
亜季はピアノのコンクールに出場した。
全国大会というわりには、ゆりこと一緒に行った公園近くの地元のコミュニティホールで行われたが、
さすがに、出場者も入場者も大勢いた。
本当はゆりこも応援・観覧に行く予定だったが、
「樫木ユカリ」「小柴あやな」「笹木かなめ」「瀬川つよし」と僕の5人で行った。
勿論、亜季は見事にグランプリを獲得した。
「あぁ。おめでとう!みんな『すごい』って感心してたよ。とくにユカリは・・・」
「ありがとう」
亜季はおだやかな笑顔を向けた。
「ねぇ?」
「?ぅん?」
「今日、ゆりこのところへお見舞い行かない?」
「ぇ?」
「学校の帰りに寄っていこうかな?って思うんだけど・・」
亜季は少しだけ目線をずらして僕を見る。
彼女は大概こういった感じで、ものを言う。
クールだと、彼女を言う友人が多いが、シャイな一面があると、思う。
「オレは良いけど。ゆりこは知ってるのか?」
「知ってるわよ。」
「そうか。じゃ、行くか?」
「うん。それじゃ、放課後。」
亜季はその後はその話を一切しなかった。
あえて、お互いにしなかった。
やがて、クラスは元気な言葉が通う。
久々に、一週間ぶりに互いの顔を見る友人。
クラスメイトの話題は笑いに満ちている。
樫木ユカリ・小柴あやなの仲良しコンビは、亜季にコンクールの話で盛り上がる。
笹木かなめ・瀬川つよしと僕たち男連中は、
誰それなく明日のサッカーの国際親善試合の話題に沸いた。
女生徒はグループに分かれて話し、男はみんなで話す。
何故か、ずっとそうだ。
女には境界線みたいのがあるように思える。
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