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第1章
5
クラスメートの「ゆりこ」だった。
髪はショートカットで、もともとなのだろうか?自然な感じに多少ブラウン色がかっている。
ストレートにのびた髪先はゆれると、ふんわりと軽そうに見える。
瞳は大きくて下瞼がふっくらとしている。鼻は高くは無い。
背は160cmはありそうだが165cmはない。162cmくらいか?
顔立ちそのものは日本女性らしく・・・。思える。
「おぉ!・・・なんだゆりこかぁ・・・」
振り返ると、微笑みを作ったゆりこが立っている。
「おはよう!」
朝から元気だ。声は女の子らしく高めの声だ。
「この前の試験。どうだったぁ?」
ゆりこは隣に近づく。
「・・・まぁまぁ・・・かな」
「まぁまぁ。ってことは良かったんでしょぅ?」
風にゆれたゆりこの髪が、かるくなびいて「やわらかないい香り」がした。
「ゆりこは?」
「・・・・・」
「あっ。しんごう変わったよ!」
ゆりこはわざとらしく、話をそらすように右手を向こうの信号にやる。
そして、少し駆け出すまねをした。
ゆりこは笑っていた。
おどけて笑っている。
僕もつられるようにして笑ってしまうくらいの魅力のある笑みだ。
「おいっ!話をそらすなって」
僕はゆりこに追いつく。
「う〜ん。いつもどおりだよ・・・」
いつもより少し、歯切れがわるい。声も大げさにトーンダウンする。
「まぁ。でもなんとか赤点はないから・・・それだけでもわたしにとってはラッキーかなぁ」
ゆりこは面白い。
表情が豊かだから、愛嬌がある。
もともとの性格も良いのだろうが、この愛嬌があれば憎まれることは少ないに違いない。
「・・・ところで、今日の体育ってなんだろうなぁ・・・?」
信号が赤に変わりかけた頃、二人は渡りきった。
この道(国道)を渡りきると、また細い道になる。
学校まで続く並木道だ。
両サイドに植えられた桜の木々。
その桜並木をキレイに形作るように、土の香りがかすかにする、車道の無い歩道だけの道。
春には桜が続き、その時期は多くの人が集う有名な並木道。
平坦なまま、結構な距離がある。
入学式には桜の並木道を通ってやってくる。
結構、ロマンチックなものだが、なかなかそう上手く開花してくれないのも桜だろう。
開花が早い年などは、入学式の頃には散り始めていることもある。
「う〜ん。男子はソフトボールじゃないかなぁ・・・」
「適当に言ってないだろうなぁ・・・?」
「ううん。確かそういってたよ。石崎先生が・・・。」
「ふぅ〜ん」
並木道をすり抜ける日差しがところどころに一筋の光を見せる。
すこし、陰った道には眩しくさえ感じた。
「そういえば、ゆりこは部活入っていたっけ?」
確か、運動部に入っていたような気がしたが・・・。どの部だったか。曖昧だった。
「うん。茶道部・・・」
ゆりこは当たり前のように澄ました顔で言う。
「いや。ギャグはいいから・・・」
「・・・?」
ゆりこは20度ほど小首をかしげた。
「・・・いや、だからギャグは・・・」って口走った瞬間。
僕は思い出した。
そうだ。そうだった・・。
今の今までわすれていたが、ゆりこは「茶道部」だったのだ。たしかに・・・。
去年の学園祭の出し物でみた。
茶道部でお茶出してた。着物姿で・・・。
とても色合いがキレイな薄い青と薄い桜色の入り交ざった、
品の良さそうな着物姿だったのを覚えている。
大体、ゆりこの家はお金持ちだ。
資産家という言葉は彼女の家のようなことを指すのだ。というくらい。
何度か、家にお邪魔させて貰ったが、
日本建築・家屋のすばらしさ。というのでは収まらない。
門をすぎると、石畳が玄関まで続く・・・。お屋敷ともいえる。
けれど、一度中に入れば、近代的過ぎない程度に現代にそくしていた。
空調・床暖房などの設備、応接室にあったTVのシアターシステムの見事なこと。
そして、極めつけは、家の中に中庭があった。
ゆりこはあまり表立って「お嬢様」に見せない。が、確かにお嬢様だ。
何気ない作法やさりげない所作に垣間見えることがある。
「・・・??」
ゆりこは良くわからないという風に僕の目を見ていた。
大きな瞳で。。。
「・・・いや。間違えた・・・そうだよな、ゆりこは茶道部だよなぁ・・・」
僕はマジメに話した。
「そう・・・わたし。これでも部長なんだぁ」
いや。今こうして思い出せば、確かにゆりこは茶道部員らしいし、いかにもお嬢様なのだ。
こうして、制服姿をみても・・・。
キッチリとブレザーはピンッとしているし、首もとのピンネクタイはキレイにキチッとしている。
シャツの襟元もしっかりとノリがついているし、足元の革靴もピカピカに茶色く光っていて、
紺のハイソックスもピシッと上までのびている。
「そうかぁ・・・そうだよなぁ・・・部長かぁ・・・大変だなぁ・・・」
僕は口走りそうになったことを誤魔化すように・・・。と。悟られないように。。。と。
一人つぶやくように、また「ゆりこ」の顔をうかがうようにした。
もちろん、ゆりこに視線は合わせない。
「・・・今、茶道部??って思ったでしょう。顔に ? って出てたよ」
ゆりこは鋭い。
いわゆる「女の感」だろうか?
それとも、僕の微妙な顔つきの変化をみつけ出すのか?鋭いものだ・・・。
ゆりこの顔は微笑を向けている。
次の言葉も用意しているようだ。
僕はあえて、空を見上げた。
「いやぁ。良い天気だぁ・・・」
「ごまかさないっ!」
「いま。運動部を探したでしょ?」
「は?いや。空を見ているんですが・・・」
「・・・。その前のこと・・・」
僕の思ったとおり、本当にこの娘は鋭い。
「・・・まぁ。確かに私は茶道部よりソフトボール部とかの方が似合うけど・・・ね」
ゆりこは笑顔で言う。
その顔は屈託が無い。
純粋という言葉がぴったり合うような気がする。
「ゆりこは運動神経いいもんなぁ・・・」
「うん・・・?そうかなぁ・・・。」
ソフトボールなんかは、グラウンドの都合もあるのだろう。
体育の授業はたまに男女一緒に行うことがあった。
だから、ゆりこの運動神経の良さを知っている。
彼女は謙遜して言ったのだろうが、
走るのも、ストライドが大きくて、実際に速い。
なにより走り方が (格好が) 「様」になっている。
「わたし、確かに走るの好きだし・・・運動嫌いじゃないからね・・・」
「そう、勉強よりは運動のほうが好きだし。。。茶道部って感じじゃないかもね?」
ゆりこは軽く走って僕の前にでると後ろ手にカバンを持った。
制服の首元にあるピンネクタイがゆれた。
6
「・・・」
僕は思っていた。
ゆりこは「茶道部」らしいと・・・。
彼女はわざと「お嬢様らしく振舞わないようにしている」ような感じがしていた。
それはずっと前から・・・。
昔から、ゆりこはそうしていた。
何故かは知らない。
僕が初めて知り合ったのは中学校に入学したとき、クラスメートとしてだったが、
あのとき、すでにそういった感じを受けた。
「お嬢様」が嫌なのかも知れない・・・。
あるいは、そう観られたり、思われたりするのが嫌なのかもしれない・・・。
そうして、いつしか彼女は「お嬢様でない自分」を築いたのだろうか?
演じたのだろうか?
髪を短くしてみたり、僕や友人の前では「言葉を砕けて」使ってみたりして
お嬢様に見られないように振舞ったのだろうか・・・?
その振る舞いがあまりに上手だから、友人もそして僕も、そういう印象も抱いた。
けれど、ふとした瞬間に垣間見える表情、仕種、言葉の発し方などに出会ったとき、
確かに「お嬢様」なのだ、と思えた。
僕は素直に思ったことを言おうか、迷ったが・・・。
「いや、ゆりこは・・・。茶道部らしいよ・・・」
「・・・??フォローしてるの?」
ゆりこは照れ隠しもあるのか? はぐらかすような視線をしていた。
「いや、本当に・・・。」
「・・・」
「確かに茶道部っていわれたら、しっくりしたよ・・・。」
「・・・」
「・・・。そうかな?」
ゆりこはすこしうつむき加減にして、こちらを見た。
木々を揺らす風の音がかすかにする並木道を歩く。
学校に向かう学生(ひと)は、僕ら以外には3人でまばらに向かっていた。
「わたし。でも本当はね・・・。茶道部やめようかな?って思ってたんだ・・・」
ゆりこの髪先が頬に触れる。
良い甘いかおりがほのかに広がる。
すぐ近くでささやくように話した。
「・・・どうして?」
「・・・うん・・・」
校舎がやっとみえてきた。
最近立て直されたばかりの校舎は、近代的な建築だ。
なにやら、有名な建築家「谷下賢吾」が設計したらしい。
とんがった屋根は、PC授業配信のアンテナになっているし、
窓の外枠には特殊なコーティングだろう、外から中が見えない。
体育館は小さいながらも3階建てになっていて、
屋内プールがあれば、更衣室のとなりには洗濯・シャワー室もある。
国内でも設備のよさは、有数の校舎だ。といわれた。
異論もあれば、擁護論・賛成の声もあった。
「・・・わたし。茶道・・・あんまり向いてないから・・・」
「・・っていうのは嘘!!」
と、いうとゆりこは少し首を傾げて、僕の顔を覗き込むように伺う。
微笑を忘れずに・・・。
「嘘?ほんと?どっちだ・・・?」
僕にはゆりこの瞳が曇っているように思えた。
わざとテンションの高い声をだしていたが・・・。
「ほんとに嘘・・・。茶道は好きだよ・・・。でも・・・」
「・・・」
「茶道部はやめるかも知れない・・・」
ゆりこは少し上を見た。
空は木々に囲まれてわずかに覗けるだけ。
視線の先には緑。
春以外には、ほとんど誰もが気にはしない木々。
「・・・そうか・・・でも・・部長だろう・・?」
僕は黙っていようか・・・とも思った。
それでも、言葉が自然と口を出ていた。
「うん・・そ、だねぇ。でも・・もともと週に1回くらいしか活動してないからね・・・」
わざとらしくない程度に、すこし肩をすぼめて顔をほころばせていたが、
口調にはそのかけらは見当たらない。
「・・・でもなぁ・・・。まぁ。ゆりこがそうする理由は敢えて聞かないけど・・・」
「・・・ゆりこが自分から言うなら・・・べつだな・・・」
僕は多少ずるい言い方をした。
本心にいつざわらないが、ずるい気がした。
「・・・うん。言いたくない・・・」
「・・・でも・・・将紀(まさき)くんが聞きたいっていうんなら言うね・・・」
ゆりこは返す刀で「どうだ」といわんばかりに、白い歯を見せた。
少しの間があったあと、僕は笑った。
「・・・ま、聞くか?そこまで聞いたら・・・なぁ?」
ゆりこは面白い。
自分ではそう思っていないよう(あるいは謙遜しているよう)だが、頭がよい。
「会話をしているときほど、人間の頭脳の良さがわかる」という説を本で読んだが、
彼女と会話を交わすと、そうかもしれないと思う。
「じゃぁ。話すね・・・。でね。もしよかったら・・・?」
「・・・今日、茶道部に見に来ない?その時話すから・・・」
「・・・えぇ〜〜」
「なんで?」
「なんでって・・・。そりゃ。柄じゃないだろう・・・オレは・・・」
「大体、その・・・しきたりっていうか。そういうのも一切知らないし・・・」
「そのことなら大丈夫だよ。教えてあげるから・・・」
「う〜ん・・・」
迷った。
もう1人の心に住む僕は「やめておけ」と言っていた。
確かに、女子だらけの場所に1人でいる時の空気は、
「エレベータに乗っているときの空気」に迫るほどの圧迫感が続くだろうし、
見学するにしても、畳じきに座るならば、正座を続けることになる。
正座はマラソンに続くほどに、好きになれないものごとのうちのひとつだ。
やって、出来なくはないから、嫌いではないのだが・・・。
もって10分だろう。
「どうする?」
ゆりこは屈託の無い笑顔をむける。
「来るよね?」
顔が接近する。瞳がすぐそこにある。
「・・・」
思わず、頷いた。
というか有無を言わず頷かされた。感がある。
「それじゃぁ。決まり!」
ゆりこは、ぱっと。近づけた顔をはなすと、
はしゃいだそぶりをして、何か嬉しいそうにさえ見える。
それに反比例するように僕の脳裏には不安がよぎった。
「・・・う〜ん。大丈夫かなぁ・・・」
「大丈夫!作法なら教えてあげるよ」
「・・・」
たおやかな笑顔をむけるゆりこに・・・。
そういうことだけじゃないのに。。。と思う。
次へ。
へ へ
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