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第1章
7
その後、学校まで続く平坦な並木道を、2人で何気ない会話を交わして歩いた。
ほとんどが、ゆりこが切り出した話題だった。
「ゲームセンターに行きたい」っていう話。
「昨日のTVで言ってた、デパートの地下街」の話など・・・。
どうでもいいといえば、どうでもいい話が大方だったが、
彼女は人をひきつける話の仕方を心得ている。
どれも、おかしかった。
学校に着くと、チャイムがなるまで20分あった。
この時間に来る生徒は稀だ。
だいたい、時間ギリギリに駆け込んでくる。
「セーフ・OUT」のラインになるまで、クラスの20%くらいも埋まらない。
靴箱はきれいに並ぶ。
各学年順に、各クラス順に、名簿順のあいうえお順に・・・。
静かな下駄箱をあけると、上段から上履きに履き替える。
学年ごとに[上履き]のつま先の色が異なる。
制服のブレザーにあるワッペンと同じ機能だ。
ワッペンを囲む色の違いが学年の違いになる。
僕ら、2年生は赤だった。
昇降口を抜けて、上階に向かうよう、階段を登る。
誰の声もしない。
ひんやりとした佇まい。
窓から差し込む陽の明かりが眩しい。
ゆるやかな螺旋状につらなる階段。
僕はこの階段が気に入っている。
踊り場は多少狭いため、防災の観点でいえば悪いとも思えたが、
どうせ、生徒全員が毎日通うことも無いので、
これだけの幅があれば、問題ないように思う。
だいたい、地震については防振対策してある建物なのだから・・・。
人的な災害を起こさなければいい・・・。というのは、やや強引だろうか・・・?
2人は誰も着ていない教室の扉をあけると、
それぞれの席にカバンを置いた。
ゆりこはすぐさま、窓を開ける。
朝の空気が入る。
締め切られていた昨日からの空気が抜けていく。
新たな息吹が入ってくる。
頬に当たる風が気持ちよい。
歩いてきて、すこしだけほてったからだに当たる。
誰もいない教室が僕は好きだ。
すこし、まわりの空気よりも冷たい教室。
あと、何分かするとやってくる喧騒。
それまでの空間。
「ねぇ。将紀(まさき)くん・・・」
「ぅん?」
ゆりこは窓をあけたまま、そこに両手をついて外を眺めていた。
今来た並木道。その向こうの小高い丘。
緑が目に映える。
「天気がいいね」
「・・あぁ・・・」
「わたし、こういう雰囲気、すきなんだぁ・・・」
「・・・」
「天気が良くて、さわやかな風がゆらめいて、静かで・・・」
ゆりこはそういうと、こっちを振り返る。
それに従うように、やわらかにしなやかに髪がゆれる。
風になびいていた髪は朝の陽に照られて輝いていた。
白い頬は、照らさせた朝陽に染められている。
僕は黙って頷いた。
これから、学校が始まる。
滅多に使われない黒板には日直が名を刻む。
チョークが音を立てる。
一週間、だれも来なかった教室に声がこだまする。
おはよう・・・。笑い声・・・。帰りの約束・・・。
誰もいなかったその椅子にみんな腰掛ける。
やがて・・・。
学校が終わる。
久々に書き込まれた黒板から文字が消える。
黒板消しは、はたかれながらクリーナーに向かう。
床を拭くほうきが喧騒もかき消すように・・・。
またね・・・。笑い声・・・。帰りの約束・・・。
誰もが帰れば、その椅子たちはすこしずつ熱を奪われる。
「・・・いい天気だな・・・」
8
今日の体育はマラソンだった。
校舎の外周を囲むようにある小路を走る。
1周、約800mだ。
これを6周回してくる。4800mだ。
嫌になった。
ゆりこをうらみ、うらやむ。
女子は体育館で「バレーボール」と聞いた。
息を弾ませながら思った。
「いかんせん、ソフトボールだと思っていた分、余計に辛い気がする」と・・・。
体育の授業が終わると、すぐに着替えを済ませ、
教室に集合して、連絡事項を担任が伝えて、掃除当番以外は解散となる。
いわゆる「昼行灯」だ。午前中でおわる。
「またなッ!」
僕は友人の「瀬川つよし」・「笹木かなめ」と挨拶を交わすと、
カバンを持ち、さっさと退散しようとした・・・。
が。
「星野くんっ!」と、後ろから声がした。
「??・・・なに?」
振り向くとそこには、宝城亜季(ほうじょうあき)がいた。
宝城亜季はいかにも不服そうな表情を作っていたが、すぐに表情をやわらげた。
「今日掃除当番だよ・・・」
「!わすれてた・・・。」
宝城亜季は、去年も同じクラスだった。
この高校の入学式の日の隣の席が「宝城」だった。
背は165cmはないだろう・・・が、女子としては高いほうだ。
髪は肩にすこしかかるくらいの軽くウェーブがかった感じ。
キレイな一重まぶたが視線にクールさを生む。
そのまっすぐな視線は、いかにも裏表の無い感情を示しているように思えた。
ゆりこと仲がいいが、タイプの違う感じがした。
が、そこが気が合うことになるのだろうとも、思う・・・。
「・・・そうだと思った・・・」
すこしあきれたような声は、いつもより低い。
亜季の声は、いつもはもっと高い。
「・・・すまん・・・」
僕は教室後ろにある掃除用具の詰め込まれたロッカーから
床ぼうきを取り出す。
「星野君?わるいけど、机をはこんでくれる?」
宝城亜季はスッキリとしたものの言い方をするが、嫌味は無い。
「あぁ・・」
「・・・」
教室に残っていたクラスのみんなも少しづつ減っていく。
部活へ向かう者。
帰りに駅前あるいは商店街で、友達と昼ご飯でも食べる者・・・など。
もちろん、ゆりこはいなかった。
部活へ向かったのだろう・・・。
あっという間に、教室には掃除当番の2人だけになった。
掃除当番は男子1人・女子1人。
名簿の順番に従って行うことになっている。
「ね・・」
「・・?」
「星野君。この前のテストどうだった?」
机を教室後方に片し終えて、床モップをもって拭いていたとき、
急に後ろから声かけられる。
「・・・うん。まぁまぁ良かったけど・・・」
「・・・そう?」
亜季はテストの成績がいつもいい。
特に英語と世界史。
他もまんべんなく、良い成績を収める。
数学・物理。以外は・・・
「わたし、今回もダメだったよ。数学なんか特に・・・。」
「微積分?それとも確立統計の方?」
「・・・どっちもよくないよ。でもすこしは確立統計の方が良かったけど・・・ね」
亜季は、各人の机を水拭きする手を止めることなく続ける。
「星野君は数学とか得意でしょ?」
「・・・まぁ。英語とかよりは好きだけど・・・」
「今度、おしえてくれる?」
「・・・オレでよければ・・・」
「うん。お願いする・・・」
亜季はすこし微笑んだ。
床や机を丁寧に掃いていく。
キレイ好きもあるのだろうと思うが、性格も現れている気がする。
A型人間だろうか?
高校に入ってから亜季と知り合ったが、
大笑いしているところは一度も見たことが無い。
でも、にこやかな笑顔を覗かせることもよくある。
ゆりこと話している時などは、頻繁に笑っている場面にでくわす。
ただ、はしゃぐという言葉からはいつでも遠い。
おちついているのかもしれない。
大人の感情をもってわきまえている。と見える。
黒板消しで「日直」の自分の名を消す。
ついさっきまで、てっきり忘れていたが日直だった。
知ったのは先ほど亜季に「そうじ当番」といわれた瞬間だった。
「日直」はすなわち「掃除当番」であり、「掃除当番」ならば「日直」となるから・・・。
黒板にはきれいな字で「星野」「宝城」とあった。
朝に来てかきこまれたとおもわれるそのチョーク字を消す。
僕は字が下手だった。
人にノートをできれば貸したくない。
最近気が付いたのだが、汚い字なりにも「それなり」の日もあれば、
他人から見たら、全然読めないほどの字の時もある・・・。
じぶんすら、読むのがやっとの字体の日があるのには「まいる」・・・。
大体、字の骨格が一定してない。日によってまちまちだ。
どうやら、一日の最初に書いた字によるところが多いようだ・・・。
「・・・いやぁ。ついさっきまで完璧に忘れてた・・・この黒板の字。亜季の字だろう?」
「・・・うん、そうだけど・・・」
「うまいな。字が!」
亜季はこっちをの方を振りむいて
「・・・そう?そうでもないと思うけど・・・」と言って、
右手を髪の毛に当てて、顔にすこしだけかかった髪をのけるようにした。
「いやぁ。上手いよ・・・」
「・・・。そう?ありがとう・・・」
いくらかだけ、声が照れを含んでいるように聴こえた。
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