TOPページ メールフォームのページ へ サイトマップ へ 最新情報 へ 漫画・アニメ系を読む あなたの作品をご登録します。 趣味・コラム系の読み物を読む 小説系を読む HOME へ戻る
このページは文字サイズの変更が可能です。右のボタンで調節してください。 文字サイズ   
右のボタンをクリックすると目次が出ます。 クリックすると、しおりがでます!  
Sugarpot 書き下ろし
風のある風景

第1章

9

机を戻して、掃除を終えると。
日直最後の仕事、日誌。がある。
これが実はきつい。

僕らの学校は日誌というよりも、「1週誌」だ。
というのは、今日のことは勿論、当たり前だがかきこむ。
でも、それだけではない。
そう、この1週間のことを書き込むことになるから。「週誌」ともいえる。

この1週間、自宅で勉強したことなどを細かく書き記す。
こんなことがなんの役に立つのだろう?
こういう何も意味のなさそうな仕事をすることが、ある意味で勉強になるのかも知れないが。
たとえば。。。忍耐・・・?例えば・・・。忍耐・・・?他には・・・ニンタイ?
第一、この一週間に勉強した内容なんて細かく覚えていられるか?と思う・・・。

それでも、亜季は一生懸命に書いている。
自分の席に座って、キチンと書き込む。
内容も確かに合っていたし、これまたキレイに字が並んでいた。

亜季は「さきに帰っても良いよ・・・」 と言ってくれたが、そうはしない。
いくらなんでも、後ろめたい気がするからかもしれない。


「・・・」
僕は感心する。
記憶力もさることながら、几帳面な性格に。

マジメなことを嫌う人もいるかもしれない。
でも、そんな人からでも「宝城亜季」なら嫌われないかもしれない。
生マジメというのではなく、几帳面。
変に頭脳が硬いわけではない。

面倒とか思っても、こなしているのか?
それとも、そもそもそう思わないのか?
とにかく、僕は素直に感心した。


隣の自分の席から、じっとその様子を見ていた。
キレイな字面がすらすらと白い空白を徐々にうまっていく様子を。
つい見とれた。
連なる言葉のバランス感覚に。

「ね?」

ふいに亜季は声をかける。
「ゆりこからきいたんだけど・・・茶道部見学行くんでしょ?」

「ぇっ?あっあぁ・・・。そうだけど・・・」
「ふ〜ん。そうなの?」
亜季は「日誌」に書き込む手は決して休めない。
「日記」をすんなりと・・・綴っていく。


「行きたい!って訳ではないんだけど・・・。なんか・・・」
「なんか。そういう流れに話がなって・・・」

「そう・・・?」
「・・亜季もいかないか?一緒に?」
「う〜ん。・・・でも。。遠慮しておく・・・」
亜季は日誌の手を一瞬だけ止めて、僕の顔を見やったがすぐに書き込み始める。

「・・・?何か都合悪いのか?用事でもあるのか?」
「もしそうなら、それ。 オレがあとやっておくけど・・・」

僕は「日誌」に手を差し出した。
「ううん。たいしたこと無いよ。大丈夫・・・。でも、ゆりこのところには行けないよ・・・」
「そう?か・・・」


日は高く昇る。
正午にもならないのに、かなり日差しが強い。
梅雨入りしたばかりなのに・・・。
教室の窓ガラスに差し込むあかりが、僕らの頬を照らす。

亜季は少し眩しそうだった。
ちょうど日差しが「日誌」を照らしていたから。
僕は黙って、ちょうど亜季の席の部分までが隠れるように教室後方のカーテンを引き、
教室入り口横のスイッチを灯した。
たまにしか使われない蛍光灯は白い。


「ねぇ?星野君?」
僕が自分の席に着くや否や、亜季はすこし落ち着いた声色で話し掛ける。

「なに?」
「ゆりこ。この学校にこなくなるかも知れないって知ってる?」
「!?」

初めてだった。
全く聞いていなかった。

「・・・そうなのか?」
「えぇ・・・。そう言っていたわ・・・」
「何で・・・?」
「・・・知らない。聞いたけど・・・でも、教えてくれなかった・・・」
亜季は「日誌」を書き終えたらしく、軽くパタンと閉じると、
こっちを向いて話した。

「・・・」

ショックという感情は無かった。
ただ、胸の内の多くを支配したのは「残念」な思いだった。

「・・・でも、あいつん家(ち)。でっかいお屋敷だろう?」

「うん。そうね・・・。私もそう思う。引越しするとは思えないわね?」
亜季はまっすぐには相手の目を見つめない。
ただ、話の核心に触れたときには、話す相手の顔にきりりっとした視線を向けている。
いつも、そうした感じだ。

「・・・そうかぁ・・・そうだったのか・・・」
「だから、茶道部やめるとか言ってたのか・・・」
「いや、今日登校のとき、聞いたんだよ。部活やめるかも・・・。ってさ」
「だから、というのも。あれだけど・・・それでこの後行くことになったんだ・・」


「・・・。そう・・・」

なにか、違う話がしたくなる。
こういったとき、ふと話題を変えたくなる。
僕は・・・話をかえた。

「そういえば。亜季は部活入っていたっけ?」
「ううん・・・」
「そうだったよなぁ。確か・・・」
「でも、亜季はピアノ。上手いもんな?」


亜季は「日誌」を書くときだけ結んでいた髪を解いた。
髪は日差しに当たってきらめいていた。

「・・・」
「そろそろ、コンクールなんだろ?ゆりこが言ってた。『見に行くんだ』って・・・」


亜季のピアノの腕は「世界を背負ってたつ」とも言われる。
彼女の演奏を僕も聴いた。
あれは、春休み最終の日曜だった。
ゆりこやみんなと一緒に行ったコンクールでのことだ。

彼女はいつもは冷静に見られる。
でも、演奏時の顔つきはもっと落ち着いて見えた。
それが「世界に出ていく」演奏家に必要なのだろうか?
他の演奏者よりも、感情が表立って見えない。

僕のような素人には、
髪を振り乱すような情熱的・感情的な演奏こそが、その演奏家の心を映し出すものであって、
いい演奏には必然的な要素か、と思っていた。

けれど、亜季の演奏にはそういった印象は無かった。

来ているドレスは輝かしい衣装で、濃いブルーにラメが入ったものだったが、
亜季にはとても似合っていたし、他人が着たら派手に見えそうなのに、
亜季が着ていると、演奏中のシルエットが映えるように思えたし、
激しいタッチの時でさえも・・・。身体が大きく乱れることはなかった。
奏で出された旋律は、嵐が打ち付ける窓よりも、けだるい朝に頭痛がするときよりも、
激しく、より激しく。観衆の耳を胸を頭脳(あたま)を揺さぶった。
でも、あくまで亜季自身の横顔はいつにもまして、冷静に見えた。

クラシックは眠くなるだけのもの。と思い込んでいた僕でも・・・。
すくなくとも、その日聞いた演奏では一番素敵な旋律だったし、実際に優勝していた。


「うん。そうね・・・。ゆりこ、来てくれるって行ってたわね・・。」
「そっか・・・」
「あんまりっていうか。全然そのピアノのこととか知らないから・・・」
「まぁ当たり前のことになるけど。頑張って!としかいえないな・・・」
「都合が合えば、オレも見に行くよ」


「・・ありがとう」
         
                    
次へ

へ 
Copyright © since 2003 読み物.net & 砂糖計画 All rights reserved.
Produced by 読み物.net & 砂糖計画 since 1999
Directed by 『Sugar pot』
& はっかパイプ & 砂糖計画 since 1999
mail for us
mailto:menseki@yomimono.net