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第1章
10
「じゃあな!」
亜季と職員室まで行って「日誌」を入り口付近の所定の場所に置くと、そのまま別れることにする。
「うん、またね。」
亜季はそう言うと少し歩き出したが・・・。
「星野君っ!」と呼び止めると。
「ゆりこ。待ってるよ・・・・。聞いてあげてね。ゆりこの話・・・」と、振り返っていた。
「あぁ・・・」
亜季に手を軽く一度左右にふった。
その足で、茶道部の部室のあるホールの2階へ向かうことにする。
多目的ホールと名づけられたホール。
いわゆる文化部系の各部活動の部室があるのは2階。
1階には、バスケットボールのコートが3つ分すっぽり入るくらいのホール。
3階には、座席つきのホール。ここでなら簡単な映写ができる。
この学校は、学校というよりも地域の集会所・公民館というものに近いものがある。
「図書館」「ホール」「グラウンド」全てが一般開放されていて、
学校で使用しない日は、この学校にいる職員に申請をだし、
許可を得れば誰でも使用出来るようになっている。
こんな余裕のあるスペースがある高校など、今時珍しいだろう。
人によっては「無駄」と言われかねない。
「無駄」と「余裕」は主観者にゆだねられる。
「さてっ・・・と」
僕はひんやりとしたホールに足を踏み入れる。
入り口の扉は大きく、ガラス製でありながら軽い。
その先を進み玄関を抜けると階段とエレベータがある。
一切、ここまで敷居というか段差がない。
バリアフリー。という言葉は古臭いが、
一般開放が念頭からあったようで、誰にでも使えるように設計されている。
1階では運動部がトレーニングできるようになっているが、
今日は天気がよいから外で練習しているのだろう。
誰もいない。
2階へあがろうと、エレベータのランプを見たが、
3階にあったので呼ぶよりは階段を使った方がはやい。
僕は手すりが備わったゆるやかな階段を登る。
2階にあがると、目の前にはいろんな部活の札が掛かっている。
「天文部」「写真部」に「鉄道研究会」「漫画研究会」など・・・。
ブラスバンド部のフルートの音色が耳にささやくように聴こえるなかを進むと、
向こう端から3番目の部屋に「茶道部」があった。
「こんこん」
軽くノックする。
多少自分でも鼓動が早いのを感じていた。
「作法の知らないものがこんな ぬけぬけ とやってきてしまった」こと。
「女の園に男一人で向かう」こと。
この2つが気がかりだからだ・・・。
「はい、どうぞ」
ゆりこの声がする。
茶道部なのにドアなのは仕方ないのだろう。
さすがにこの部室の前だけは、入り口も引き戸にはできないだろうし・・・。
其々の部室用にカスタマイズはしないだろうから・・・。
ドアノブを掴むとガチャリという、いかにもドアらしい音がした。
「・・・」
ドアを開けると・・・。
ドアの向こうに・・・
ゆりこは着物を着ていた。
ピンとした姿勢で部屋の真中に正座している。
以前、文化祭で見たものとは異なる。
キレイな紫がかった「藤色」だろうか?目を奪われる色合いだ。
帯も薄い紫色に、帯紐は淡い朱色で結んであった。
それをまとったゆりこは、素直に言えば、素敵に思えた。
今まで見た中で一番・・・素敵に見えた。
部屋はゆりこしかいないようだった。
部屋の大きさがそれほどではないから、いればすぐにわかりそうだ。
「・・・来てくれたね・・・」
「・・・あぁ?うん・・・まぁ・・・そりゃ約束したし・・・」
ゆりこはつぶらな瞳で見上げていた。
「・・・まだ部員は誰も着てないのか?」
「・・・ううん。今日はもう終わったから、みんな帰ったよ・・」
上履きを脱いで、部室へあがる。
鼓動が早いままだった。
いや、ますます早くなってる気もした。なぜだろうか?
「・・・どうかなぁ・・?これ?」
ゆりこは、手の袖を持ってこちらに向ける。
すこし照れているようだ。
普段はじっと相手の顔を見るように話すのに、今はすこし畳に視線を落としている。
「・・・うん。ビックリした・・・やっぱり、着物が似合うなぁ。。って思ったよ・・・」
「着物ってどのくらい持ってるんだ?文化際のときとは違う色合いみたいだけど・・・」
「・・・うん。数えてないけれど・・・着物、持ってるほうだと思うよ・・・」
「あっ!そこに座って・・・ちょっとまっててね?すぐにできるからね」
空気の流れがゆるやかに感じた。
ドアを開けて入る和室という、ある種、異様な光景なのに、
空気がそしらぬように落ち着かせる。
沸き立ったあとの茶釜が空気を湿らしているから・・・。
そんな思いすら思い浮かぶ。
ゆりこがお茶だてるのを待つ。
杓子の音。茶せんの音。しか音立てない部屋。
この部屋には、空気が漂う音さえ聞こえそうな気がする。
「はい。どうぞ・・・」
手際よくお茶を差し出すゆりこは、いままででも一番おしとやかな彼女だった。
本当の彼女。素顔の彼女。いつもは見せたがらない「お嬢様らしい」彼女。
「よく作法がわからないけど・・・」
僕がそう言うと、ゆりこは黙って頷く。
目の前に差し出される。
僕はどっかで聴いたように、
一応、茶碗を手に持つと3回廻してから飲んだ。
のどが渇いていたことに気づく。
程よく熱しられたお茶は美味しかった。
一気に飲み干した。
「どう?かな?」
「おいしかったよ」
お世辞ではなかった。
お茶など滅多に飲まないが、美味しく感じた。
「よかった・・・」
ゆりこは本当にほっとしたような顔を見せた。
「作法がわかんないから勝手に飲んだけど・・・間違ってた?」
「うん。・・・。でも良いんだよ。少なくとも今は・・・。私しか見てないんだもの・・・」
「そっか・・・」
「で、お茶もおいしく飲んだし・・・」
僕は話を促すようにした。
「うん・・・」
ゆりこは口調(トーン)を落とす。
僕はゆりこの方を静かに見た。
「私、この学校。やめるかも知れない。。」
ゆりこは正座のままで話す。ひざの上に手を結んだまま。
「・・・」
「私・・・わたし。入院するの・・・」
「!?」
ショックだった。
さっき、亜季から教室で聞いた時とは比べようも無い。
何か。胸がずしりと重たくなった。
「わたし。前から悪かったんだけど・・・入院はしないで済んでた・・・」
「だけど、お医者さんが入院した方が良いって・・・」
「だから・・・」
「だから・・・学校にはこれない・・・」
ゆりこはしっかりとしたまなざしを向ける。
僕のほうが、しっかりしてないといけない。
なにに・・・動揺していた。
なぜかわからない?
不安?焦燥感?なにかわからない。
あるいはいろんな思いが混同して、
その思い自体が「得体の知れない気持ち」なのかもしれなかった。
「悪いって?どこが・・・?」
僕は冷静を装うように声を搾り出した。
「うん。心臓・・・みたい。詳しい名前はわからないけど・・・」
ゆりこは結んだ指をさらにギュっと結ぶ。
「治るんだろう?」
僕は聞きたくないような・・・。でも聞かずにはいられなかった。
「治る」という答えを聞きたかったから・・・。
しばらく、間が開く。
流れる空気の重さが違う気がした。
さっきまでとはまるで正反対だ。
部屋の奥の窓からは遠い。
日差しも一筋にしか差し込まない。
やがて、ゆりこは少し髪に手をやって、話した。
「・・・わからない・・・」
不安なのは確かなのに、それをひた隠すように・・・。
ささやくように、話した。
「いつから?どこに入院するんだ?」
「・・・うん。来週の水曜日に、東谷大学付属病院に・・・」
「・・・」
ゆりこはしっかりとしていた。
決心した。からなのだろうか?
僕はなんといえばいいのだろう?と考える。
勇気付ける言葉をかけたい。とは思う。
けれど、なにか安っぽい言葉ではいけない気がする。
しかし、相反するように頭脳(あたま)に浮かぶのは「やすっぽい・薄っぺらな」言葉ばかりで、
浮かんでは消える。浮かんでは消している。
ゆりこは少しうつむき、畳の目に視線を合わせて動かさない。
あまりにキレイな眼差しが透き通る。
差し込む日差しがひとすじに横顔を照らしたまま。
「・・・正直。ショックだった・・・」
僕は正直に言葉を伝えることにした。
なにか。余計なことは言いたくなかった・・・。
考えれば考えるほど・・・「ちっぽけな励まし」になるように感じたからだ。
「ゆりこが身体が悪いなんて信じられない・・・」
「いつでも笑顔でいるし・・・。」
「今だって、オレなんかよりも。ずっとしっかりしてるし・・・」
ゆりこは微笑んでいた。
優しい微笑だ。
涙を流さないようにしているようにも見えた。
一筋流れた瞬間に、とめどなく溢れそうだった。
僕は自分の感情を押し殺すのが、精一杯だった。
低い天井を見た。
とても、華奢に見える。
肌の白さは映えるのに・・・。
とても、華奢にみえた。
「神様ってなに見ているんだろうな?ゆりこを病気にするなんて・・・さ」
「ゆりこがなるなんて、おかしいよ。オレならわかるけど・・・な?」
ゆりこは微笑む。
僕は少しでも勇気付けたかった。
「ゆりこが学校に来なくなるのは、やっぱり「つまらない」だろうな」
「だから・・・。必ず、見舞いに行くよ・・・」
僕は恥ずかしい気がした。
言いたくないことを口にした。
それでも、言ったのは少しでもゆりこに元気になって欲しい気持ちからだ。
少なくとも、悲しんでいたりするよりは笑っている方が健康的だ。と思う・・・。
「・・・ありがとう・・・」
「早く、治しちゃわないとな!そうしないといつまでも、ゲーセンいけないぜ?」
とっさに朝の話を思い出した。
ゲーセンに行きたい!というゆりこに付き合う!といったことを・・・。
「・・・うん。そぅだね・・・早く治すからね・・・」
いつも明るく振舞う彼女。
それは。あまりに健気で・・・。
いつでも微笑み絶やさぬ彼女。
本当は脆い自分を隠すように・・・。
僕に何ができるだろう・・・。
せめて、勇気付けることぐらい出来るだろうか?
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