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第1章
11
僕とゆりこは一緒に帰った。
楽しい話題をかわす。
彼女は患っているようには思わせない。
にっこりと屈託ない笑顔は、元気に満ちていた。
その後は、ゆりこの入院の話は出なかった。
お互い、したくないようだ。
商店街を抜けて、家の近くまで一緒に帰った。
「じゃあな!」
僕は右手を軽く挙げる。
「うん。じゃあね・・・」
ゆりこは白い手を大きく振った。
家に入ると、誰もいない。
母は出かける予定だったから、当然だ。
2階の自分の部屋に上がる。
僕はブレザーを脱ぐと、近くにあった椅子に引っ掛ける。
そして、そのまま机の横にあるベッドに寝転がった。
「ふぅ・・・」
ゆりこのことが気になってしかたなかった・・・。
なにか。すごく、気が重くなったような気がした。
ゆりことは、中学1年のときから知り合った。
僕はゆりこに言われた言葉を、ふと思い出す・・・。
「私にできることがあったら言ってね・・・。家も近いから・・・」
中学校1年生の春。
僕は父を失った。
今から5年前だ。
その時、学校で最初に言葉をかけてくれたのが、ゆりこだった。
彼女の感情を抑えた控えめな微笑みを忘れない。
ゆりこの言葉は僕を助けてくれた。
父がいなくなってから何日かの僕はずっと落ち着かなかった。
気がたっているのとは違う。落ち着かない状態だった。
何をしていても、あの瞬間を振り返る自分がいたから・・・。
そんなとき、一週間ぶりに学校に登校したその日の朝、すぐだった。
隣の席のゆりこのかけてくれた言葉がとても優しく思えた。
まだ、その春に出会ってばかりの僕に、ゆりこは言葉を選んで声をかけてくれた。
とても、穏やかなトーンの声が優しかった。
だから・・・。今。
余計にゆりこを元気付けたかった。
「励ます」なんて言葉は「同情」に近い気がするから、僕はあまり好まない。
とにかく、元気になって欲しい。と思う。
「「私・・・わたし。入院するの・・・」」
僕は寝転がったベッドで天井を見ている。
頭脳(あたま)の中に、今日の言葉が巡る・・・。
エコーはかからない。あのゆりこの声がする・・・。
ショック。。
怒りさえ湧き上がるほどの衝動。
『なおるのだろうか・・?』
僕の頭脳は、医者に聞かねばわからない答えを何度も考えた。
『なおると・・・信じたい』
僕は現実的な人間だと、よく言われる。
実際にそうであろう。自意識がある。自己認識とも言うのかもしれない。
それでも、今回はどんなに医者が悪いことを言ったとしても、
僕は「治る」と思って、ゆりこと居る。
『・・・』
『今思えば、亜季のやつ。このこと知っていたのかもしれないな・・・』
『茶道部に行くって言ったとき、亜季は行かない。と告げた』
『ゆりこはこの話をするだろうから・・・来ない。と言ったのかもしれない・・・』
僕は少し疲れた。
そして、少し嫌な思いが浮かんできた。
それが、腹立たしくて・・・。頭を振るようにして消し去ろうとしても・・・。
ひつこいぐらいに、はがれない。
そんな嫌な思いは、断ち切りたいのに・・・。
そうしたいと願うほどに、ますます増幅するようで・・・。
僕は・・・。僕は目をとじた。
呼吸は整っている。
不気味なくらいに、まったく狂わない電波時計のように脈を刻む。
シャットアウトするように・・・全ての思考を停止しようとする。
頭脳(あたま)の中のコードに繋がる電源(スイッチ)というものを切り替える。
何もかも、スイッチを切る。
そうしているうちに、頭脳が鉛のように重たくなってきて、
目前の幕が上から降りてきて、思考という思考を閉ざして
全てを少しの時間、忘れさせてくれるはず・・・。だから・・・。
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